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UNDP公開セミナー「ポスト・アラブの春〜中東・アラブ地域における開発支援の現状と可能性〜」開催報告

2012年11月16日

「アラブ諸国の開発課題と機会」をテーマに基調講演をするバホス局長

「アラブ諸国の開発課題と機会」をテーマに基調講演をするバホス局長


パネルディスカッションの様子

パネルディスカッションの様子


日本政府による中東・アラブ地域各国への支援の概要を説明する岡浩外務省中東アフリカ局審議官

日本政府による中東・アラブ地域各国への支援の概要を説明する岡浩外務省中東アフリカ局審議官


パネルディスカッションのモデレーターを務める佐藤寛JETROアジア経済研究所研究企画部長

パネルディスカッションのモデレーターを務める佐藤寛JETROアジア経済研究所研究企画部長


会場には大使館、報道機関、アカデミアなどから多くの参加者が集いました

会場には大使館、報道機関、アカデミアなどから多くの参加者が集いました


日 時:2012年11月16日(金)16:00〜17:30
場 所:JICA研究所 国際会議場
主 催:国連開発計画(UNDP)
後 援:国際協力機構(JICA)

開催趣旨
2011年初頭から中東・アラブ地域の各国で本格化した一連の民主化運動、「アラブの春」以降、チュニジア、エジプトなどでは民主的な政権が樹立される一方、シリアでは紛争が長期化するなど、中東情勢はかつてない大きな転換期を迎えています。国連開発計画(UNDP)は、日本をはじめとする主要支援国とともに、移行期にあるアラブ諸国への支援を強化しており、これまでに民主的ガバナンスの確立や総選挙の支援、急増する若年層へ雇用創出プログラムなどを実施してきました。今般、UNDP本部においてアラブ諸国の開発支援を統括しているシマ・サミ・バホス国連事務次長補・アラブ局長が局長として初来日するのを機に、中東・アラブ地域に関する公開セミナーを開催することにいたしました。

当日の概要
開会挨拶
弓削昭子・国連開発計画(UNDP)駐日代表・総裁特別顧問は、冒頭挨拶で本セミナーの趣旨と概要を紹介しました。まず、アラブ諸国は地理的・経済的に多様であり、人口増加や豊富な資源を背景に将来大きく発展する可能性がある一方、国ごとにみるとその実現には様々な課題があると述べました。UNDPは、移行期を迎えているアラブ諸国に対し、日本を始めとする各国政府と協力して開発支援を行っているが、平和と安定を定着させ、共に発展していくためには市民社会、民間セクターも含めた関わりが欠かせないと指摘し、本セミナーをアラブ諸国への理解を深めるきっかけとしてほしいと述べました。

次いで挨拶を行った肥沼光彦・国際協力機構(JICA)中東・欧州部長は、「アラブの春」が国ごとに様々な進展を見せる中で、JICAは選挙支援や社会経済インフラ整備等、各国のニーズに合わせた支援をしていることを紹介しました。また、貧困層の縮小およびインクルーシブな開発を進めるには、国際社会の共通理解の形成が重要であり、これに対するJICAの取り組みとしてドナーとの連携・協調や共同研究などに言及しました。同時に、日本のこれまでの経済発展の経験や東アジアの雇用政策も中東支援に活かすことができると指摘しました。

第1部:基調講演
セミナーの前半では、シマ・サミ・バホス国連事務次長補・UNDPアラブ局長が「アラブ諸国の開発課題と機会」と題した基調講演をしました。

バホス局長は最初に、「アラブの春」以降にアラブ諸国が直面した変化から考えられる今後の見通しや開発課題について述べました。過去2年間の政治的な変化の裏にある開発課題として、アラブ地域で起きている多くの未解決の紛争が人間の安全保障を脅かしていること、平均寿命や所得貧困の改善が見られる反面、能力や機会の欠乏という人間開発における貧しさが残されていること、また流動的な石油価格に依存した緩慢な経済成長のために雇用や貯蓄、生産性などの重要なマクロ指標が伸び悩んでいることなどを指摘しました。

アラブ社会は今後、発展のために市民の発言力を高め、国と社会の関係を再構築していくだろうという見通しを語り、ガバナンスと開発課題に取り組む重要性を強調しました。アラブ地域の女性の教育や政治面でのジェンダー不平等についても触れ、変化するアラブ世界の中で女性が重要な役割を果たしていると述べました。また若者の雇用機会の欠如といった問題も指摘し、この問題が生み出す新たな貧困層について懸念を示しました。

次に、アラブ地域におけるUNDPの役割について述べました。UNDPの主要課題として、ガバナンスの能力強化、政策立案・決定・調整能力の強化に加えて、多くのアラブ諸国が中・高所得国とみなされているが故に、十分な支援が得られないということを挙げました。そして、アラブ地域における日本とUNDPのパートナーシップについて、「選挙から若者雇用までをカバーしており、今後、災害リスク管理や気候変動への対応策まで広げようとしている。ミレニアム開発目標(MDGs)達成の加速や、ポスト2015開発アジェンダなどのグローバルかつ国家的な協議など様々な局面において重要な役割を担っている」と述べました。さらにアラブ地域におけるUNDPの具体的な役割として、より民主的で説明責任を伴うガバナンスへの平和的な移行を実現するための支援例を挙げました。その不可欠な要素として、市民社会組織を強化、女性の政治参加の促進、市民が中心となるガバナンス支援といった国民の広い政治参加にあることを強調し、同時に雇用創出政策や経済回復支援を通しての政府支援も積極的に行っていると述べました。

このような国家レベルでの支援に加え、地域レベルでは各国間の共通事項のもとに足場を築き、経験の共有や議論のためのプラットフォームを提供しながら、ガバナンスの移行過程を支援している点についても触れました。UNDPアラブ局は2002年より「アラブ人間開発報告書(AHDR)」を発行しており、これらの報告書はアラブ地域の政策対話の促進や知見の共有に貢献をすると同時に、国際社会のアラブ理解の促進や開発協力の地盤づくりにも役立っていることを強調しました。

第2部:パネルディスカッション
パネルディスカッションでは、佐藤寛JETROアジア経済研究所研究企画部長をモデレーター、岡浩 外務省中東アフリカ局審議官とシマ・サミ・バホス 国連事務次長補・UNDPアラブ局長をパネリストに、日本政府としてこの地域をどのようにとらえているかという視点を加え、さらに議論を深めました。

岡審議官は、日本政府による中東・アラブ地域各国への支援の概要を説明したのち、日本の原油の9割は同地域から輸入されていることもあり、中東・アラブ地域は日本にとって重要であることを強調しました。また、民主主義のガバナンスが進み、人権や女性など、これまでタブーであったものが議論されるようになるなど、この2年間の変革の大きさに感銘を受けていると述べました。加えて、経済面では、若い人の雇用の伸びが課題であり、成長の果実を国民全員が感じるようにならなければいけないこと、短期的には政治的な混乱を受けて成長率が下がっているが、政治的なプロセスの前進が図られれば、投資や観光客の受け入れが進むだろうという見通しを述べました。

次に、「アラブの春」の引き金となった若者について議論が進み、バホス局長は、若者を「問題」ではなく「機会」としてとらえる必要があり、質の高い教育と研修の機会を与え、事業を始めることができるようにマイクロファイナンスを提供し、雇用の機会を与えるなど、経済・社会・教育などの様々な政策に若者を組み込んでいかなければいけないと述べ、そのためにUNDPもさまざまなプログラムを推進していることを紹介しました。

これを受けて、岡審議官も、若者を社会の「負担」ではなく、社会を変革していく「資産」としてとらえることが必要だと説き、日本政府もUNDPと共同で、この地域の若者の職業訓練を行うプロジェクトを実施していることを紹介しました。若者の能力を上げるだけでなく、民間セクターの投資を通じて雇用の機会を増やすことも重要だと述べ、民間セクターが中東・アラブ地域に対してどのような役割を果たすことができるのかという点に議論が進みました。

バホス局長はこの点に関し、IT産業は若者を巻き込むのに適した分野であること、民間セクターでの雇用だけでなく、NGOなどを通じて社会に参画しているという意識を若者に持たせることも重要だと指摘しました。岡審議官は、日本政府は中東・アラブ各国の産業構造の多角化や中小企業育成をとくに支援してきたこと、また、鉄道・港湾・道路などのインフラを整備し、海外からビジネスが来るような環境整備を支援してきたこと紹介しました。

「民間セクターがもっと中東・アラブ地域に目を向けるには何が必要か」というモデレーターの佐藤氏の問い掛けに対して、バホス局長は、自身の父親も日本とビジネスをしてきて、常にポジティブな関係にあったことを紹介し、中東・アラブ地域は日本をビジネスでも開発分野でも主要なサポーターだと思っていると述べました。開発分野については、これからも政府、JICA、UNDPなどが協力し、女性、子供、若者などの「人間開発」を進めていくこと、加えて、人々の生活の質の向上が必要だと述べました。

続いて行われた、会場に集まった参加者とのオープンディスカッションでは、「日本とアラブの関係は、これまではWin-Winの貿易関係だったが、産官学が連携して、人材開発、産業イノベーションなどに共に投資をする、新しいHappy-Happyな関係が必要」との意見や、「中東・アラブ地域はよりイスラム化しているのではないか?また女性の機会が拡大するかどうかについては悲観的だ」という懸念が示されました。

これに対し、モデレーターの佐藤氏は「アラブの人々はイスラム政党を選んだが、グローバル時代の中でのイスラム政党であり、新しいイスラムの世界を模索していると思う」と述べ、バホス局長は「女性の機会を拡大するために、法律や政策に女性の機会創出の観点を組み込もうとするなど、中東・アラブ各国も努力している。サウジアラビアで4年後には女性の参政権が実現するので、女性の意思も反映されるようになるはず」と応えました。

また、「アラブは多様であり、『アラブ経済』というくくりはないのではないか」という指摘に対して、バホス局長は「そのとおりだと思う。中東・アラブ地域の全ての国が『アラブの春』を経験したわけではなく、『アラブの春』も、全ての人にとって『春』だったわけでもない」と述べ、そのために、UNDPでは国別のプログラムに加えて、地域プログラムを推進しており、そこで中東・アラブ各国の連携を図ろうとしていることを紹介しました。

活発なオープンディスカッションを受け、モデレーターの佐藤氏が「今後、アラブの議論がさらに高まることを期待している」と述べて終了しました。